暑さが和らぎ、夏の間、あんなに騒がしかった蝉の声もすっかりと声を潜めて、代わりにスイスイと気持ち良さように飛んで行く蜻蛉の姿を、そこかしこで見かけるようになって来た頃、山道へと続く、村の外れの団子屋に一人の旅人が訪れた。
旅人は、団子屋の前に置いてあった横長の椅子に、持っていた杖を立てかけ、「よっこらしょ」とでも言うように、自分も椅子に腰かけた。旅人が、少し汗ばんだ額を、懐から取り出した手ぬぐいで拭いていると、店の奥から、店員の女性がお盆にお茶を載せて運んで来た。旅人は湯呑を受け取ると、団子を五つばかり注文した。店員の女性はニコリと愛想の良い顔をしながら、返事をすると、店の奥へと戻って行った。旅人はお茶を口に含ませながら、前を向いた。前には、道に沿うように隙間なく木々が植えられていた。いや、むしろ、木々がうっそうと茂っていた所を、長い時間をかけて、人々が道にして来たのかもしれない。どちらにしても、その木々のため、店の周りは居心地の良い木陰になっていた。少し強いが、心地良い風が、店の前の道を吹き抜けて行った。旅人は目を瞑り、その風を感じていた。


旅人と少年: 天野小話
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