夏の昼下がり、日差しが強く照りつける中、駆けていく童の姿があった。その童は、裏山の麓にある、雨風に晒されて少し色あせた朱色の鳥居の前まで来ると、立ち止まり、その鳥居に向かって手を合わせた。そして、その鳥居の下を潜ると、勢いよく階段を駆け上り始めた。階段は、両脇を大きな木々に囲まれているため、日差しから守られて、木陰にはなっていたが、数十段もの階段は童の額を次第に汗ばませていった。やっとの事で階段を登り切った時には、童の息は乱れ、服は童の肌にじっとりと纏わりついていた。童は膝に手を当て、うつ伏せ気味に地面を見つめながら息を整えていた。童の額から汗がポタポタと地面に落ちた。汗は地面につくと、それをしばし濡らしはしたが、すぐにその中に吸い込まれるように消えていった。その様子を何気なく見ていた童は、ふと、地面でせっせと群れをなして歩いている蟻たちに気がついた。(蟻も疲れることがあるのだろうか?)童がそう思っていると、奥の方から人の声らしきものが聞こえた。童は顔を上げて、声のした方を見つめた。だが、うっそうと茂っている木々が童の視界を遮り、声の主は見えなかった。
(村の爺さまたちでも来ているのだろうか?)
童は声がした方へとゆっくりと歩いて行った。


ヒガミイとヤク: 天野小話
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