書籍紹介(銀河第三高等学校)

放課後、太陽はまだ空高く、明るい日差しの中、今年高校一年生になったコホンは、同じクラスの友達のリピンと一緒に帰宅していた。 「昨日の映画、面白かったね」 コホンはグラウンドを横切りながら、嬉しそうに言った。 「コホンちゃん、本当、格闘もの好きだよね」 小さなリピンは、体に不釣り合いなくらい大きな鞄を、背負うように持ちながら、コホンの横を歩いていた。 「ジャッキーは、何時までも私のヒーロー、誇りだよ」 コホンは、スカートをはいていたが、気にせずに「アチョー!」とカンフウのポーズを取り、リピンの腕をつついた。 「痛いよ、コホンちゃん」 「そこは、『あ~、やられた~』でしょ」 「そうなの?」 二人はふざけながら、楽しそうに話していた。 「それでね・・・」 コホンがリピンの顔を覗き込み、さらに話し続けようとしていた時、彼女たちの目の前に、黒塗りの車が止まった。その車は、二人の進路を阻むように、校門を出てすぐの所に止まっていた。リピンはきょとんとした顔をしていた。 「コホン!」 と言う声と共に、車の横から人が出て来た。コホンはその人物が誰かわかると、眉間にしわを寄せた。そのコホンのあからさまに嫌そうな顔を気にせずに、その人物は、ずかずかと彼女の方に向かって歩いて来た。 「コホン!」 再び、その人物は名前を呼んだ。コホンは顔をそらした。隣にいたリピンは、何が起きているのかわからずに、キョロキョロとコホンとその人物を見比べていた。 「さあ、行くわよ!」 その人物が、コホンの腕を掴んだ。コホンは、じっと動かなかった。その人物は、コホンを力づくに引いて行こうとした。 「何するの!」 コホンが叫び、手を振りほどいた。その人物はコホンの方に振り返った。 「何って、あなたは私の実の妹でしょ? 私はあなたを迎えに来たのよ」 その人物は呆れた顔をしていた。 「私は友達と帰りたいの!」 コホンはその人物から目をそらして、左斜め下の地面を見ていた。 「じゃあ、友達も一緒に乗ったらいいわ」 その人物は、今気づいたかのように、コホンの隣に突っ立っていたリピンを見た。 『ずいぶん貧相な姿をしている友達ね』とでも言うかのように、その人物は蔑むような目でリピンを見下ろした。リピンはヘビに睨まれた蛙、いや、ハムスターのようにじっとしていた。その様子を垣間見て、コホンは気を悪くした。 「いいの。私たち、歩いて帰るから!」 コホンは、リピンの手を握り、その場から歩き去ろうとした。だが、その人物は二人の行く手を遮るように立ちはだかった。 「何言ってるの? あなたは家族よりも友達を大切にするの?」 コホンは面倒くさそうな顔をした。 「家族が大切なのはわかるけど、姉さんのやり方は違う気がするよ」 コホンはその人物と目を合わせずに答えた。 「それでも、私はあなたの実の姉よ!」 その人物は、右手を胸に当てて、主張するように言った。押しつけがましいその態度にコホンは嫌そうな顔をした。 「もうずっとあってなかったし、最近じゃない。一緒に住み始めたの」 コホンは、その人物の後ろに控えている黒塗りの車を覗き込むように見ながら、 「それに、何この如何にも悪役が乗りそうな車。趣味悪い・・・」 と顔をしかめて言った。 「私が稼いで買った車よ。あなたに文句を言われる筋合いはないわ」 コホンは、「ハァ」とため息をついた。 「私は、はしたない成金の姉さんとは違うよ」 「なっ⁉」 その人物は息を呑んだ。その隙にコホンはリピンの手を引き、駆け出した。 「行こっ! リピンちゃん!」 「いいの?」 リピンは、急に手を引かれて躓きそうになりながら、少し戸惑うように、コホンとその人物の顔を交互に見た。 「いいよ」 コホンは、捨て置くように言った。コホンとリピンは、その人物の横を通り過ぎた。通り過ぎる時、リピンはその人物の悔しそうな顔を見た。二人は逃げるように、しばらく必死に走り続けたが、その人物は追いかけては来なかった。少し離れた所で、リピンは息切れしながら、後ろを振り返り、 「優しそうなお姉さんだったね」 とコホンに言った。コホンは立ったまま、膝に手をつき、乱れた呼吸を整えながら、 「そうかな? 私には付きまとって来る病的なストーカーのように見えるけど」 と意外そうな顔をして答えた。 「でも、綺麗なお姉さんだったね」 リピンは少し憧れるように言った。 「そう? 化粧の厚塗りで誤魔化しているだけだよ」 「そうなの?」 「あれで、私たちより、一学年上なだけなんだよ」 「えっ、大人っぽい!」 リピンは驚いた。 「でも、年齢は一年上だけじゃないけどね。ナチャイ姉さんには″数千年″の歴史があるんだよ」 「数千年⁉」 リピンはさらに驚いた顔をした。 「そうだよ。″年季だけが入っている事″自分でも自慢してるよ。もう化け物だよ。リピンちゃんも気を付けなよ」 息が整ったコホンは、顔を上げながらリピンを見て言った。 「そうなのか」 リピンは納得したようなしてないような顔をしながら答えた。 二人が走り去った後、ナチャイはコホンの後ろ姿を見ながら、校門の前に立ち尽くしていた。そして、コホンの姿が完全に視界から消えると、一人、黒塗りの車に乗り込んだ。何も指示しなくても、車はナチャイの考えを察するように、ゆっくりと動き出した。車のシートに座り、流れる風景を窓からぼんやりと見ながら、ナチャイは胸ポケットから何かを取り出した。それは、一枚の写真だった。そこには、二人の子どもの姿が映っていた。大きな子の方が、小さな子を抱えていた。それは、まだ赤ん坊だった頃のコホンを抱いたナチャイだった。 「コホン、あなたは私のものなのよ」 ナチャイは写真の中のコホンを指で触りながら、一人呟いた。




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